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予想外に泣けるSFでした『タイタンの妖女』 感想

4150102627 タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫 SF 262)
浅倉 久志
早川書房 2000     

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 近所の小さい図書館で発見。即借りです。
 内容はこんなです。「全能者」っていう響きが、想像をかき立てますね。

【内容紹介】
すべての時空にあまねく存在し、全能者となったウィンストン・N・ラムファードは人類救済に乗り出す。だがそのために操られた大富豪コンスタントの運命は悲惨だった。富を失い、記憶を奪われ、太陽系を星から星へと流浪する破目になるのだ! 機知に富んだウィットを駆使して、心優しきニヒリストが人類の究極の運命に果敢に挑戦した傑作!

 発行が30年前(原作は1959年出版されたようです。50年も前なんですね。)なので、さすがに文体に古さを感じるかと思いきや、そんなこともなく、とても読みやすい文章でした。
 さらに次々と舞台が変わって行く場面転換のウマさが、運命に翻弄される主人公の体験を読み手にフィードバックしてくれます。

 正直言って、最初の地球の場面では少し退屈してしまったのですが、火星に入ってからは面白くて、止まりませんでした。
 過酷な火星での生活、火星人の目的とその悲惨な結末。
 シニカルな視点で描かれる大衆。
 その後のタイタン(土星)へと至る道。

 皮肉な展開が多い中でもグッと来るシーンも多いです。ざっと思い出すだけで色々あります。
・水星でのボアズの行動
 ⇒愛は一方通行でも十分美しいんだな、とか思っちゃいました。水星での最後の一文なんかはもう切なくて切なくて。
・ラスト近くベアトリスの矜持
 ⇒「わたしを利用してくれてありがとう」あたりの会話が(泣)。それに続く息子クロノの去り方とかも(泣)。
・コンスタントの最期 
 ⇒これほど優しいエンディングはなかなか見つけられないと思います。最後の台詞にはだいぶ前にちゃんと伏線もあるし。電車で読んでたけど泣きそうになっちゃいました。

 ということで、ヴォネガットという人はものすごく優しい人なんだな、と。
 タイムクエイク (ハヤカワ文庫SF)なんかでは、人生は絶望に満ちているかのように語りますが、根底にはやはり状況を受け入れるしかない存在(=人間)への肯定を感じます。

 お気に入り度=☆☆☆☆☆

 誰かが超訳とかしてこの作品に再ブームを起こしたりしてくれないかな。

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現実の方が怖いとか、ベタなことを言ってみる。 『地下室の箱』 感想

4594031463 地下室の箱 (扶桑社ミステリー)
Jack Ketchum 金子 浩
扶桑社 2001-05 

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 読んだら後悔する系の作家、ジャック・ケッチャムの一昔前の作品です。
 じゃ、読んで後悔してやろう、という意気込みで本書を手に取りました。

【内容情報】(「BOOK」データベースより)

1998年6月のニューヨーク。サラとグレッグは病院に向けて車を走らせていた。現在独身のサラは妻子あるグレッグの子供を宿していた。そして彼らが出した結論は中絶。病院の近くでサラが車を降りグレッグが駐車場所を探しに走り去った直後だった。何物かがサラを車の中に引きずり込み連れ去った。失神させられたサラが意識を取り戻したのはどこかの家の地下室。ここで彼女を待ちうけていたのは不条理で際限のない暴行だった。あの『隣の家の少女』の悪夢が再び甦る。

 あれれ、読んでてもなんだか恐怖感が湧いてこないぞ。

 なぜか、を考えてみました。

 まず、犯人側の視点が多いので、心情が記述されてしまって、主人公視点に立った場合「あいつら、何を考えてるかわからないぜ」的な恐怖を感じられないのです。
 しかもその犯人の動機などに”想像しがたい”狂気を感じることはなく、ただ暴力的なエロ野郎なのです。
 しかもところどころで手際が悪いんですよね。
(逆にそういうところがリアルなのかも?)

 もう一点。
 主人公が精神的にタフネスなところ。
 犯人側に屈してる的なことを独白していたりするのですが、なぜか生命力を感じてしまいます。
 素直なんですよね、変化して行く状況に対して。
 だから、まあ、「もしかして、大丈夫なんじゃないの」とか思っちゃったりしました。

 結末に関しては、逆に意外でした。
 胎児・自分になつく猫、など希望を匂わせるガジェットを配置しておいて、逆に絶望へのギャップを演出するのかと思いきや……。
 そうきたか。 
 まあ、スッキリしたからいいか。
 
 あと、犯人側の奥さんが、積極的な協力者であるのは、なんだかアメリカっぽいな、と。少なくとも日本的ではないな。

 
 でも、本作の発表当初(2001年)に読んだら、もっと怖かったのかもしれないと思います。
 
 ここ2、3年監禁事件とかは本当に頻繁に聞くようになったんで、そう言う意味で恐怖を感じにくくなってるのかもしれません。
 (もちろん、自分や家族がそんな状況に置かれたら恐怖であることは間違いないのですが)

 いや、ホントに怖い世の中になりました。

 お気に入り度=☆☆☆

 次は名高い『隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)』を読みたいと思います。

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"あたし"節の原点なのかな? 『沈黙』 感想

4877283226 沈黙
古川 日出男
幻冬舎 1999-07 

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 文章そのものが気持ちいい作家さんのひとり・古川日出男の第二作です。
 図書館にあったんで、衝動借り(?)。

 内容はこうです。

【内容情報】(「BOOK」データベースより)

“あたし”秋山薫子の母を産んですぐに亡くなった見知らぬ祖母・下岡三稜の実家は、中野区に屋敷を構える大滝家だった。大東亜戦争時、あらゆる声と言語をあやつり固有の顔を持たぬ特務機関員として南方戦を生きた大滝鹿爾。防音された地下室で、ジャケットとレーベルのない数千枚のLPレコードを聴き、十一冊のノートを残した、その長男・大滝修一郎。「屋敷をぎりぎりまで成仏させたい」と願う三稜の姉・大滝静。謎の死と破滅と孤独–“あたし”が掘り起こした大滝家の来歴は、歴史の落とした影が血族の闇となっていた。そして、いまだ生き続ける呪詛。”あたし”秋山薫子は誰なのか?失踪を繰り返す弟・秋山燥は?生きとし生けるものを覆い尽くす『根源的な悪』の正体を明らかにし、生命の意味と生きる意思を啓示した傑作長篇。

 『ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)』のように、ある時代の流れを体験していく話かと思いきや、違いました。
  古川日出男の”あたし”節がうなってますが、これが二作目だとすると、”あたし”の原点なのかもしれませんね。

 正直言って、楽しみました!

 大筋は、失われた音楽”ルコ”を追う物語。
 でも”ルコ”の歴史というのは実は……、というミステリ性もストーリーを引っ張ります。
 そんな中でほんわかした日常の幸せもあったり、
 旧い日本を想起させるコミュニティ活動があったり、
 歴史に埋もれた真実や、当たり前だと思っていた感覚への問いがあったり。
 ”悪”との対決もある。見事な欺瞞もある。
 とてもぜいたくな物語です。

 阿片窟での大瀧と鹿爾の邂逅のシーンとかはめちゃめちゃカッコいいですし、薫子の覚醒のシーンも良いです。
 でも、弟・秋山燥は登場当初、キャラクターとして魅力的だと思ってたのにあんまり出てこなくて残念。
 かと思いきやちゃんと魅力的?になってしまいました(泣)
 ”あたし”と彼の仲が良かった頃をもう少し知りたかった(泣)

 なんだか、とりとめのない感想になってしまいました。
 だけど、そういうバラバラな部品が、”あたし”の体験に収斂されていくストリームを感じるための作品なんです。
 
アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)』と『ロックンロール七部作』の両方を好き、という方にオススメ。

 お気に入り度=☆☆☆☆☆

 お金が出来たら買いますとも。